「書くと気持ちが整理される」という話は、昔からよく言われます。実はこれを、感覚論ではなく研究として確かめようとしてきた分野があります。エクスプレッシブ・ライティング(筆記開示)と呼ばれる筆記法で、1980年代に心理学者ジェームズ・ペネベーカーが始めた実験以来、世界中で研究が積み重ねられてきました。
この記事では、エクスプレッシブ・ライティングの古典的なやり方と、研究からわかっていること・わかっていないことを、誇張せずに紹介します。
エクスプレッシブ・ライティングは、ひとことで言えば「心が動いた出来事について、感じたこと・考えたことを率直に書き出す」筆記法です。日記と似ていますが、毎日の出来事の記録ではなく、自分にとって意味の大きかった経験を、感情ごと言葉にすることに焦点があります。
最初の実験でペネベーカーらは、参加者に数日間連続で、個人的な体験について深いレベルで書いてもらいました。以来この手続きはさまざまな対象で追試され、気分や心身の状態との関係を調べる研究が現在まで続いています。
研究で使われてきた手続きをもとにした、一般的な型です。
ポイントは、これが「書く練習」ではなく「出す作業」だということです。文章の出来は成果と関係ありません。
「いちばん引っかかっているのは——」
「あのとき本当は、こう感じていた。」
「誰にも言っていないが——」
「いま考えると、あれは——」
どれかの続きを書き始めれば、あとは手が勝手に進むことが多いはずです。
ここがこの記事でいちばん大事な部分です。エクスプレッシブ・ライティングの研究は数多くありますが、結果は一様ではありません。効果の大きさや現れ方は研究によって幅があり、「誰にでも、確実に、こう効く」と言える段階のものではありません。研究全体をまとめた分析でも、効果は平均すると小さめ、条件によって変わる、というのが誠実な要約です。
また、知っておくべき報告がひとつあります。つらい体験について書いた直後は、一時的に気分が沈むことがあるとされています(多くは短時間でおさまるとされますが、個人差があります)。長期的な整理のために短期的にしんどさを通る構造なので、今まさに渦中にある出来事を無理に書く必要はありません。
もうひとつの分かれ目は、書き方です。同じ怒りや後悔を毎日そのまま書き続けるだけだと、整理ではなく反芻——同じ場所をぐるぐる回ること——に近づく場合があります。研究の文脈でも、ただ感情を吐き出すことより、出来事に意味や別の見方が生まれることが鍵だと指摘されてきました。数日書いて視点が動く気配がなければ、いったん離れてかまいません。
そして当然ながら、これは医療ではありません。つらい状態が続いているなら、筆記法を試すより先に、医療機関や身近な相談窓口に頼ることを考えてください。エクスプレッシブ・ライティングは、あくまで健康な日常の中で自分をふり返るための道具です。
エクスプレッシブ・ライティングと毎日の日記は、混同されがちですが役割が違います。並べてみると:
つまり、たまの深掘りと、毎日の点。どちらかを選ぶものではなく、層が違います。毎日15分書くのは多くの人にとって続きにくいものですが、「ふだんは10秒の記録、心が大きく動いた日だけ時間をとって書く」という組み合わせなら、どちらの良さも現実的なコストで手に入ります。
ふだんの記録が軽い形でたまっていると、「あの出来事の前後で、気分はどう動いていたか」が後から事実として見えるのも、組み合わせの利点です。深く書いた言葉と、淡々と打たれた点。両方そろうと、自分の出来事をずいぶん立体的に振り返れます。
研究で使われてきた古典的な型は「1回15〜20分を3〜4日連続」です。ただ、これは実験の手続きであって、日常で使うときの決まりではありません。5分でも、1日だけでも、出すことには意味があります。毎日続ける種類の習慣ではないので、心が大きく動いたときに使う道具と考えるのが現実的です。
どちらでもかまいません。エクスプレッシブ・ライティングの本体は「出す作業」そのものなので、書いた紙の扱いは自由です。読み返したくない内容なら、破って捨てることで区切りがつく人もいます。残す場合は、人に見られない置き場所だけ確保してください。
ジャーナリングは頭に浮かんだことを日常的に書き出す広い習慣で、テーマも頻度も自由です。エクスプレッシブ・ライティングはその中の一種というより、心が大きく動いた出来事に絞って集中的に書く、研究発の手法です。毎日の軽い記録と組み合わせるなら、ふだんは軽いジャーナリングや10秒の記録、大きな出来事のときだけこの筆記法、という使い分けが現実的です。
気分とやったことをタップで選ぶだけ、10秒の日記アプリを作りました。深く書きたい日は一言メモも。たまった記録から「散歩があった日は、気分が+0.9」のような、あなたのデータの事実が返ってきます。
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