コーピングを検索すると、人事担当者向けの記事がずらりと並びます。組織の施策、離職防止、1on1。でも、この言葉を調べる人の多くは、もっと個人的な動機のはずです。自分のストレスと、もう少しうまく付き合いたい。この記事は、その個人のための入門です。
基本の整理に加えて、どの解説でも薄い「自分に効くコーピングを、どうやって見つけるか」——リストを作って終わりにせず、記録で育てるやり方までを書きます。
コーピング(coping)は、「対処する(cope)」から来た心理学の言葉で、ストレスを感じたときに、それを和らげようとして意図的にとる行動や考え方を指します。心理学者のラザルスとフォークマンが1980年代にまとめたストレス対処の研究(『Stress, Appraisal, and Coping』1984年)が土台になっています。
この理論の出発点はシンプルで、ストレスは「出来事そのもの」から自動的に生まれるのではなく、出来事と、それをどう受け止めどう対処するかとのあいだに生まれる、という見方です。出来事は選べなくても、対処は選べる。コーピングは、その「選べる側」を扱う技術です。
もう少しだけ理論を補います。ラザルスは、人が出来事に出会ったとき、まず「これは自分にとってまずいことか」を見積もり(一次評価)、続いて「自分はこれに対処できそうか」を見積もる(二次評価)、と考えました。同じ締め切りでも、脅威に感じる人と、やりがいに感じる人がいるのはこのためです。コーピングは、この二度の見積もりのあとに実際にとる行動や考え方を指します。だから「受け止め方そのものを変える」ことにも対処の余地がある——これが、次に出てくる情動焦点型の土台になります。
コーピングは大きく2つの型に分けられます。
日本の解説では、ここに「ストレス解消型」(運動や趣味で発散する)を足して3種類にしたり、さらに「認知再評価型」(出来事の受け止め方を変える)や「社会的支援型」(人に相談する)まで分けて5種類にしたりすることもあります。ただ、細かく覚える必要はありません。大事なのは分類の暗記ではなく、使い分けです。変えられる問題には問題焦点型、変えられない状況には情動焦点型。変えられないものと格闘し続けるのも、変えられるものから目をそらし続けるのも、どちらも消耗します。
実践の定番が、自分の対処法をあらかじめ書き出しておく「コーピングリスト」です。ポイントは、立派な方法を少しではなく、些細な方法をたくさん持つこと。
温かいお茶を淹れる / 窓を開けて1分外を見る / 階段を降りて上がってくる / 好きな曲を1曲だけ / 5分だけ散歩 / 風呂を熱めにする / 友人に短いメッセージ / 机の上を1箇所だけ片付ける / 「今日は早く寝る日」と宣言する / 気分と出来事を10秒記録する
些細でいい理由は、状況によって使える手札が変わるからです。職場で使えるもの、深夜に使えるもの、気力ゼロでも使えるもの。場面ごとに1つ以上あると、いざというとき「何もできない」が起きにくくなります。
もうひとつのコツは、リストは穏やかなときに作っておくことです。ストレスのまっただ中では、人は「何をすれば少し楽になるか」をうまく思い出せません。落ち着いている日にあらかじめ手札を書き出しておけば、しんどいときは頭をひねって「考える」のではなく、リストから「選ぶ」だけで済みます。これが事前に用意しておくいちばんの効きどころです。
さて、ここからがこの記事の本題です。コーピングの解説はたいてい「リストを作りましょう」で終わりますが、リストには続きがあります。同じ方法でも、効き方は人によってまったく違うのです。散歩で立て直す人もいれば、散歩中も考えごとが止まらない人もいる。自分にどれが効くかは、やってみた結果からしか分かりません。
そこで、リストを記録で育てます。やることは2つだけです。
これは心理学でセルフモニタリングと呼ばれる方法の、いちばん軽い形です。印象では「効いた気がする」程度のことが、記録だと順位になって見えてきます。気分の記録のやり方そのものは気分の記録の記事に、たまった記録の見方は振り返りのやり方にまとめています。
2つ、知っておくと消耗を防げることを書いておきます。ひとつは、同じコーピングばかり使うと、効き目が鈍ってくることがあること。お気に入りの一手に頼り切るより、手札の幅を保つほうが長持ちします。もうひとつは、気晴らし(回避)に偏りすぎると、動かせたはずの問題がそのまま残ること。気持ちを整えたあとで、「これは変えられる問題だったか?」と一度だけ問い直すのがバランスのとり方です。
そして、いちばん大事な線引きを。コーピングはセルフケアの道具であって、治療ではありません。何をしてもつらさが和らがない、眠れない日が続く、生活に支障が出ている——そうしたときは、手札を増やすことよりも、医療機関や相談窓口(厚生労働省の「こころの耳」など)に頼ることを考えてください。人に助けを求めることも、立派なコーピングのひとつです。
状況で使い分けるのが基本の考え方です。自分の行動で変えられる問題(仕事の段取り、頼み方)には問題焦点型を、自分では変えられない状況(他人の機嫌、過ぎたこと、天気)には情動焦点型を。変えられないものを変えようとし続けることも、変えられるものから目をそらし続けることも、どちらも消耗につながります。
状況によって使える手札が変わるからです。職場では深呼吸はできても散歩には出られず、深夜には友人に電話できません。また、同じ方法ばかり使うと効き目が薄れてくることもあります。「お茶を淹れる」「窓を開ける」のような些細なもので構わないので、場面別に幅を持たせておくと、いざというとき選べます。
いちばん大きな違いは、意識的かどうかです。コーピングは「いまストレスを感じているから、こう対処しよう」という意図的な行動を指します。防衛機制は、不安から心を守るために無意識に働く心の動き(否認や抑圧など)を指す精神分析由来の概念です。自分で選んで使えるのはコーピングのほうです。
気持ちが落ち着いているときに作っておくのがおすすめです。ストレスのまっただ中では「何をすれば楽になるか」を思い出しにくいため、穏やかな日にあらかじめ手札を書き出しておくと、しんどいときは考えずに選ぶだけで済みます。一度に完成させる必要はなく、思いついたときに少しずつ足していけば十分です。
種類の数を覚えることより、「変えられる問題に効く型(問題焦点型)」と「変えられない状況で気持ちを整える型(情動焦点型)」の2つを軸に持っておくことのほうが実用的です。そのうえで、具体的な手札(深呼吸・散歩・人に話すなど)は場面別に幅広く用意しておくと、いざというとき選びやすくなります。
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